2007年5月30日 (水)

北陸ドライブ その3

そして一番上の3階もなかなか魅力的でした。

1090920_img 四駆の街なんてコーナーがあり、当然ジープもありましたし、国産初期の頃の4輪駆動車も揃ってました。その中でも上の写真のCJ3Bやチラッと手前に写ってるウィリスもいいなぁ。私の乗ってるジープはワイドボディなんで、この時代のナローボディのバランスの美しさというのもいいですね。

1090925_img 次はスバルコーナーです。やはりありました。元祖R2が。この車には思い出があるんです。子どもの頃に親父が一時期乗ってました。この車で、おばあちゃんの家に生きたウナギが手に入ったとかでバケツを積んで貰いに行った記憶があります。そして貰って家に帰ってきたけど、どうも貰った数より1匹少ないとか言ってたような、、、しばらくして季節は過ぎ、車内の掃除をしていた時にシートの下から太い縄のような物が出てきました。でも縄にしては軽い、というか、からっからに乾いてる。それは良く見るとウナギさんだったと(笑)。

1090926_img そして奥には三輪トラックの街です。若い人達では三輪トラックなんて走ってるのを見た事ない人も多いのでしょうね。私もさすがに3輪トラックは乗った事がないですけどね。走ってるのでさえぎりぎり見た事があるぐらいです。でも最近ちょっと一部でブームになってるようで(特に関西地方)、専門に扱う店とか出てきてますね。私個人的にはマツダの三輪トラックが好きです。

1090928_img 次に三菱コーナーもありました。GTOやFTOはもちろん、この後輪駆動のミニカ、この車を見てると小学校1年ぐらいの時の記憶がふと蘇りました。このFRミニカって、学童保育の保育士さんが乗ってたな。と同時にあの時代の空気感みたいなのを思い出して鼻の奥がツンとなりそうでしたね。

1090933_img さて、最後にニュークラシックコーナーです。ここも楽しみにしてました。昭和50年代の車ですね。写真のホンダのバラードスポーツCR-X、自分が大人になったら絶対買う!と「よろしく メカドッグ」を読んでて決めた車です(結局は買わなかったけど)、改めて今見てもホントコンパクトながら上手くデザインされてるなぁと思う車です。でも室内はかなり狭いんですけどね。

その他にもマツダやいすゞ、日野のコーナーもありますし、バイクや人力車、ミニカーのコーナーもありますが書ききれない。でもとにかくこの博物館の良い所は、普通の車や市民生活を支えた商用車などが展示してある所です。年配の方々はその時代時代の思い出とともに見れるだろうし、若い人達でも車好きな人なら、今の車のルーツを感じる事が出来るのじゃないでしょうか?

私個人の感想では、やはり昔の車は良かったなぁ、、、と回顧趣味に浸りそうになるんですけどね。今の車はデザインも洗練もされてるし、当然走行性能や安全、環境面でも上手く作られてます。でもこの時代の車のデザインというのは所有する事に今以上の誇りや喜びがあったと思うんですね。それが例え大衆車であっても。もちろんそこには高度成長期などの経済が上向きの時代で、車にも夢があったのでしょうけど。

昔に比べれば断然豊かにも便利にも小奇麗な人も多くなった社会ですけど、やっぱり夢という部分では逆になかなか持てない(見つけられない)時代にもなってるような気がするな、、、と思いつつ帰り道走ってました。

往復各所滞在時間込みで約15時間、走行距離はメーター読みでちょうど500kmでした。タイヤの外径を考えると1割り増しなんで約550kmの旅路でした。

で、せっかく北陸行ったのだから、海の幸は食べたのか?と聞かれると、丼は食べましたよ、丼は。それはもちろん吉野家ではありませんよ。

松屋の牛丼です!店員さんも親切で良い店でした。だって8号線なんて内陸部だし海の幸を直売してるような店はありませんでした。敦賀まで戻ったら、相変わらずの浜焼きサバ屋はありましたけどね。別に焼きサバ食いたいとは思わないし。

まぁとにかく事故もなく帰ってこれたらそれで万歳です。と最近こういう素朴な事に感謝する事も覚えつつありますけどね。

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2007年5月28日 (月)

北陸ドライブ その2~とまらないヨダレ~

さて千里浜を後にして、また金沢まで戻りつつ軽油を給油して、次に目指したのは小松市にある日本自動車博物館でした。朝8号線を走っていて場所は確認したので、気楽に走って到着。

1090941_img_1 なかなか風格のある建物ですね。入る前から期待感がそそられます。ちなみに入場料は1000円です。入り口で係りの人に写真撮影してもいいんですか?と聞くとOKとの返事だったので、撮りまくろうとはりきって入場しました。

そしてまずは一階、ロールスロイスとか欧米の初期の車が多いですね。横に行くとトヨタコーナーです。

1080883_img トヨタ2000GTにダルマセリカやトヨペットコロナやクラウンです。

1080879_img このハードトップのクラウンはカッコいいなぁ。ウルトラマンタロウに出てましたよね?

1080875_img そして奥のコーナーには大型のボンネットバスやトラックです。強烈なデザインですね。何故かなんとなく怖いイメージを持ってます。

その他一階にはロンドンバスとか、ワーゲンのコーナーとかあるのですが、私が見たいのはもちろん日産の旧車ですので、さっさと2階のコーナーへ。そしてエスカレーターで上がった瞬間に飛び込んできたのは、

1080894_img 「走り続けて50年 スカイライン」のコーナーです。ウムウム、、、R30まで展示してあるんですね。

1080899_img でもなにより見れて良かったので、プリンスのスカイラインスポーツです。

1080895_img さてその奥にはブルーバードコーナーです。手前の610のフロントマスクはイカついですね。造形的にも生き物に近いデザインですね。

日産のコーナーでは心の中で「あっ510のブルーバード、あっちにはタテグロ、おぉチェリーだ!、Z432もあるぞ!」ってな具合によだれを垂らしかけながら見ては、写真を撮っていたのです。

では、次回3階の話を。

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2007年5月27日 (日)

北陸ドライブ その1

ジープを買った頃から行きたい所だった千里浜にやっと行って来ました。

金沢よりも向こうなんで、下道使っての日帰りは厳しいかなぁ、、、と思ったのですが、朝の4時ぐらいに出発すればなんとかなるだろうと、結局寝ずに朝食用のサンドイッチ作って出かけました。

しかしジープで長距離ドライブに出発する時は妙に気持ちが高ぶりますね。前日にも一応車両チェックなどして万全の体制で出発はしてるのですが、逆にそれが妙に変な所に力が入るのでしょうか?最初の1、2時間ぐらいは妙に運転しにくい感覚になります。長距離行くと、往路よりも復路の方が圧倒的に運転が楽になるんですね。それは逆に疲れが肩の力を抜くようにリラックスした状態にしてくれるのでしょうかね。

まぁとにかく朝の日の出の気持ち良い時間を琵琶湖西岸沿いに走りつつ、2時間ほどで福井まで走り、道の駅で朝食を取りました。その後8号線を走り、福井市内に入ったけど、朝の渋滞に引っ掛かってしまって予想外に時間がかかりました。その時点で千里浜まで半分ぐらいの距離、時間としては京都を出てから、休憩を入れて3時間ぐらい経ってましたね。単純計算で後3時間かかるだろうし、10時半ぐらいには着きそうだと思ってましたが。

でも福井市を過ぎてからは結構順調で、石川県に入り小松市あたりから始まるバイパスを走り出すとほぼノンストップ状態で金沢までたどり着き、そこからも159号線から249号線へと順調に走れました。途中で休憩しようかなと思ったのですが、道の駅もなくトイレも大丈夫だったので一気に千里浜まで走りました。

そしてやっとと言うか、ついに千里浜へ。

Tiri02_3 いやぁ、千里浜ドライブウェイだったか書いてある看板を見つけて、入り口から乗り入れて海岸線を見た時は嬉しかった。思い描いてた通り以上の景色だったので。なかなか日本の自然の景色で実際に見た時に写真以上の迫力があるのは少ないとも思うので。それは写真の撮り方が上手いという意味でもあるのですけどね。

そして全長で8kmぐらいだったかな、、、とりあえずは端から端まで行かなアカンやろ。という事で走ってましたけどね。写真見ればわかるかも知れませんが、結構路面は踏み固められてるというか硬い状態です。それは普通車でも充分走れるという事です。

でもちょっと外れれば、結構柔らかい状態の砂地もあるんで、そこでケツ振って遊んだりしてましたけどね。平日の午前中だったんで人も少なかったですし。まぁでもあまりはしゃいで車を壊してしまっても馬鹿らしいので程ほどにしましたけど。

Tiri01_1 一往復だけして、車からちょっと降りて海の風を感じながら、休憩がてら腰のストレッチをして(笑)、浜沿いに建ってる焼きはまぐり屋は通り過ぎて、そのまま次の目的地に向かいました。

それにしても日本にもこんな海岸があるんですねぇ。オーストラリアのゴールドコーストはもっと長い砂浜ですけど、車では走れないしなぁ。千里浜はホント良かったです。

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2003年1月 9日 (木)

後書き

これがアメリカに着いてから日本へ出発するまでの約72時間の話であります。かなりハードでした。(笑)
しかし事故もなく無事に帰ってこれて次の日から仕事して、さすがに次の週には体調を崩して寝込みましたが。
旅行中は全日程中で10時間ぐらいしか寝れなかったです。それは完全な時差ボケでした。疲れているのに寝れないというのは非常に辛く、そして車で走っている昼下がりに睡魔に襲われる日々でした(笑)。実際、ロスからアリゾナに行く時、I-40号線を使う人は多いのですが、あまりに真っ直ぐな道な為、睡魔に負けて砂漠に突っ込む日本人の話はたまに聞きます。

この旅も例えば4泊6日にするだけでかなり時間的余裕は変わります。またラスベカス発着にするだけで走る距離も半分になります。なにより安全な旅にするのは余裕と言うのが必要です。しかしお金や時間のない人も多くいます。それにもまして何よりアメリカ大陸を思いっきり走りたい人には、それなりに疲れるぐらいドライブを堪能したいでしょう。新車のマスタングという事もあり疲れたけど走っていてホントに楽しかったです。

そして7、8年前は出来なかったというか、そこまでの行動力がなかったのですが、それが出来た。という事。それが嬉しかったのです。
そしてこの旅は2年半後の2002年秋の旅へと繋がっていくのです。だからこの旅の話を先に書きました。
2002年秋のアメリカドライブ10日間の話は、いずれまた・・・(このサイトで話すには限界があるので。(笑))

では、最後までお読み頂き有難うございました。

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疲れに疲れて着かれ着く♪

最終回

2000年4月20日(木)

ガソリンは先払い契約(満タンで返す必要なし)を結んでいたので空で返した方が得であった。しかしフューエルランプが点灯した中、空港まで10milesぐらいとはいえ走っていくのは不安であるし、万が一ガス欠でもしようものなら・・・と考えて3ドル分だけでも(←セコ!)入れていく事にしたのです。
しかしっ、やはりその日も寝れたのは午前2時か3時ぐらいで朝6時には起きてというスケジュールでありました。完全に疲れは限界だったのだろう、何をボケていたのか3ドル分じゃなく0.3ガロン分(50セント分ぐらい・笑)でメーターを止めてしまい、ガススタンドの受付に自分ながら訳の判りにくい説明をしにいく羽目になった(苦笑)。どうにか3ドル分入れて、スタンドの店員さんに大きな声でお礼を言って、スタンドから出ようとした時危なかった。左折しようとしていたんだけど、その時日本と同じ様に右から来る車の確認だけしながら左へ入って行こうとしていた。で左折しながらふっと左を見ると車が迫ってきていて焦った。とりあえず止まっていたら当たられる!だから前に行こう!とアクセル全開で左折した。なんとか衝突は避けたけど本気で危なかった(汗だく)。そして本気で反省した。(謝)

一気に目が覚めた中、I-10に乗り、さらにSan diego Fwy(I-405)で空港まで行く事にしたが、これまた眩しい朝日と朝のスモッグのせいで、いくらサングラスをかけていても標識が非常に見難かった。なんとか乗り間違えないようにI-10からSan diego Fwyへ乗換えそのまま南下して、レンタカーの空港営業所に着いたのは午前8時前であった。後は清算を済まして、シャトルバスに乗って空港に行き、10時発のサンフランシスコ行きの飛行機に乗ればいいだけ。さらにその後狭い飛行機の座席に10時間ぐらい乗っていれば日本に戻るだけであった。


総走行距離 Total 1130miles
アメリカ国内出費額 約710ドル(レンタカー、宿泊費、ガス代、食費など)
総出費額 110,000円ぐらい(エアーチケット代、日本国内移動費、空港税諸費用など)


↓事故りかけた時の模様を図にしてみました♪

Surprise

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2003年1月 8日 (水)

来て♪来て♪来てっ♪サンタモニカ~♪

第三章 その4

サンタモニカのPacific shoresにたどり着いたのは午後7時過ぎであった。ホテルの駐車場に車を止めてメーターを見るとフューエルランプが点灯していた。
フロントでチェックインして部屋に入り心地良くない汗をとりあえず洗い流しながら最終日である今夜の予定を考えていた。見たかったカリフォルニアの夕暮れはホテルのエレベーターから一瞬だけ見れたし(泣笑)、夜は近くの繁華街のサンタモニカプロムナードにでも繰り出して、美味しい晩御飯でも食べて、なにか面白そうな店でも行きたいな♪と思っていた。しかし結局シャワーを浴び体を休めホテルを出た頃には午後9時を回っていて、プロムナードに行った頃にはほとんどの店が閉まりかけていて駆け足で見て回りそれで終わってしまった。最後のディナーも豪勢にマクドナルドになり(笑)、というかマクドぐらいしか開いてなかったのです。(泣)

一応夜のサンタモニカピア(ここには桟橋の上に遊園地があったりする所)もぶらついて、ビールだけ買ってホテルに戻った。最上階の11階の部屋からロスの夜景を見つつこの旅の締めくくりを考えていたが、もう疲れでそんな余裕はなかった。そしてまだ明日の朝一番にレンタカーを返して空港にたどり着かなければという事もあった。

走行距離 Seligman~Santa Monica 442miles 宿泊 Pacific shores hotel $166


↓下の写真はサンタモニカピア(2002年秋撮影)

1030324_img

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2003年1月 7日 (火)

無意味な冒険心・・・

第三章 その3

ただI-10を西へ終点のサンタモニカまで行けばいいだけだったのに、走っていて30分ぐらいの所でそのフリーウェイはSanta Monica Fwyという名称に変わった。それは単純に通称みたいな物なんだろうけど、何をどう思ったのか「サンタモニカだ!降りなきゃ!」と時間的に半分ぐらいの距離のはずなのに降りてしまった。

そこは全く検討も付かない町であり、地図もそんなに詳しいを持ってなかったので困った。しかしすぐにフリーウェイに戻る事も出来ず、そこからどんどんと深みにハマっていき、中国語ばかりの看板の町へと入ってしまった。幸い治安は悪くない地域だったのでよかったが、もし治安の不安定な場所ならあまりいい行動とは言えないと思います。結局30分程迷っていたがなんとかフリーウェイのI-10を見つける事が出来た。そしてフリーウェイを再び走り出していて今度はガソリンがかなり減ってきている事に気付いたのです。(汗&苦笑)
朝アリゾナのKingmanで給油して以降300miles以上走っていたが、順調に進めば問題はないはずだった。しかしそうではなく迷った(泣)。またまたドキドキしながらサンタモニカへと走っていた。給油でまた高速降りてガソリンスタンド探してまた高速に戻ってと考えるより一気にサンタモニカまで行ってしまおうと・・・夕日に向かって海が見えるまで走ればそこはサンタモニカのはずだからと。

それとこの時はものすごくトイレにも行きたかったのです。もう何処にも迷いたくなかったのです。(笑)

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2003年1月 6日 (月)

寄り道

第三章 その2

それともう一つ行きたい所があったのです。それはファクトリーアウトレットでしたがBarstowにもあったのだけど、初日に泊まったOntarioにMillsという大きなのがあるのでそちらに行きたかったのでホテルの件は後回しにしてOntarioへ向かった。Ontario MillsはI-15とI-10のインターチェンジ付近にあったのだけど、一発ではすんなり行けずそのままI-15に入ってしまった。結局はI-10に乗り換えてすぐ右手にあったのだけど。

予想通りOntario Millsは巨大であった。体力的に見て回るのが辛かった(汗笑)。とりあえずホテルガイドに付いているディスカウントクーポンの使えそうなモーテルに電話することにした。少しは贅沢に海の見える部屋に泊まりたかったので、Best western Ocean viewとかいう海が見えそうな名前のホテルに電話したが愛想も悪く、結局空きはないという事であった。次にTravelodgeに電話したが喫煙者はディスカウントクーポン利用の49ドルではなく89ドルとか言い出されたのでやめた。その他クーポン利用出来る所の答えは似たようなものであり値段が高かった。簡単には見つかりそうになかったが、昨日の事に比べれば時間もまだ午後2時過ぎであり余裕はありましたね(笑)。最終的に地図を見ててPacific shoresというのが良さそうだったので電話で聞いた所、プールサイドビューで149ドル、オーシャンビューで169ドルという事だった。昨夜の33ドルと比べると・・・言葉がなかったが今夜はゆっくり休みたいのと早くホテルを決めたかったのでそこに泊まる事にした。やはりサンタモニカは高いです。後に知りましたが特にその地域は高いです。ただあんまり安い所に泊まるのも都心部ではセキュリティの面の不安もありますが。
その後Mills内を2時間程見て回り、午後5時過ぎにはサンタモニカに向けて出発した。行きも通ったI-10をただ西へ行くだけであり、午後6時過ぎには着けるかなと考えていた。しかし疲労は確実に溜まっていたのだろう・・・

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2003年1月 5日 (日)

Go west

第三章 その1

2000年4月19日(水)

朝7時には出発した。わずかな距離ではあったが朝のルート66はとても気持ちのいいドライブでありました。すぐにI-40に入り、とりあえずKingmanへ向けて法定速度75milesの道を走り出した。朝のドライブは昨夜のドライブとはえらい違いでしたね。一時間程走り予定通りKingmanに到着してガス補給と朝食補給でまたマクドへと行きました(笑)。だって隣にあったし。
あとはロサンゼルスへ向かって来た道をひたすら戻るだけであった。しかしそれも何か面白味がないな・・・と思ってしまう性格なんです。途中でラスベガスに抜ける道のUS-93を通ってラスベガスに寄って行こうかとも思ったのだが、もうそこまでパワーは残ってなかった。その時はただ来た道を戻る事に集中するので精一杯でありました。

昼過ぎには重要な通過地点であるBarstowまで戻る事が出来た。カリフォルニアに入ってからのI-40はほとんど真っ直ぐな道という印象であった。何度も話しに出ているBarstowには州のウェルカムセンター(観光案内所みたいな所)があり、一応決めていた事、それは折角西海岸に来たのだから最終日はSanta Monicaに泊まりたい!という案を実行へ持っていく事にした。ちなみにSanta Monicaとは昔はシカゴから西へ向かう道のルート66の最終地点であったり、ドラマのビバリーヒルズ○○白書でロケなどに使われていたリゾート地みたいな感じです。(うまく説明出来ません)。とりあえず無料のホテルガイドなどを貰い、向かいにあったパンダエキスプレス(中華のファーストフードです、これは京都にもあります)へ行った。昨日はマクドだけ、そして二日ぶりのまともな食事であった。あんなに美味しいと思ったパンダエクスプレスもそうないだろう。とにかく早く食べたかったので飲み物を注文するのさえ忘れてがっついていて、危うく喉に詰まらせそうになり苦しんでいたら隣のテーブルに座っていたアフリカ系の子どもがじっと私の顔を見つめていました(恥)。思わず「水くれ~」と言いそうになりましたけど(笑)。急いで食べ終わり、車に戻って2リッターボトルのエビアンをがぶ飲みしてホッと一息付けました。

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2003年1月 4日 (土)

寝場所を求めて

第二章 その4

日が暮れた中焦った気持ちでWilliamsに戻り、宿を探した。しかしどこのモーテルも一杯だった。いくつかブルーな気持ちにになりながら回り最後にHoliday Inn(これは京都にもある有名チェーンです)で聞いた時もダメではあったが、さらに東へ行ったFlagstaffまで行けばあるよ。と教えてくれた。しかしどうせ走るなら西のロス方面に進みたい。明日にはロスに戻らないといけないしと考え、来た時に通ったKingmanまで行けばなんとかなるだろうと覚悟を決めた。その日一日ろくな物を食べてない事に気付き、とりあえずマクドナルドに寄りテイクアウトしてそのまま夜のフリーウェイに入った。夜のI-40はとても暗く(街灯等一切ありません)、疲れと不慣れで決して昼間走っている程気持ちのいいものではなかった。しかもマクドを食べながらの運転で。(ポテトは食べにくかったです。)
約1時間ほど走ってSeligmanという町にモーテルの標識が出ていたので迷わず降り、あの有名なルート66沿いにあるComfort Lodgeに泊まる事にした。決して綺麗とは言えなかったが、ツイン部屋で一泊33ドルという値段にしては昨夜のモーテルより部屋の設備は充実していた。冷蔵庫もあったし、コーヒーメーカもあった。
明日の朝も早く出発する為にまたすぐベッドに入ったが、これまた全然寝付けなかった。(泣きたい気分でした)
そんな中、ベッドサイドのテーブルにあったモーテルマニュアルの裏にこんな言葉が書いてあった。

"We are all travelers From birth till death we travel between the eternities."

(私たちはみな旅人、生まれてから死ぬまで私たちは永遠の間を旅している)


走行距離 Ontario~Grand Canyon~Seligman 620miles(998km!)
宿泊 Comfort Lodge $33


次回から最終章の第三章です。

Arizonamap

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